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飛ぶ教室

佐藤氏の鏡家サーガ。
祁塔院ひろゆきと鏡佐奈。
「あれ、なんで血ダルマさんがこんなところにいるんですか?」

君は人の名前もろくろく言えないのかと呆れかえりそうになり、自分がまだ名乗り上げていないことを思い出し、口を出掛けた揚げ足を自重する。尤も、祁塔院なんてそうそうない、裏財閥の名前を彼女に教えたところで何にもならないではないか。デレッデ!

「鏡さんだっけか。君こそ何でこんなところにいるんだい?君は確か、」
「兵藤くんは無事でしたか?」

知るもんか。
話を遮られて不機嫌気味に少女を見る。
平均以上の顔立ちをした少女は、その白い顔を薄闇の背景からぽいと放り出されたかのように浮かせている。かといって浩之も自分の顔の造詣がどれほど優れているのか知っているし、人形のような姉の、表情筋など死滅してしまったにも関わらず優秀な顔を見ているので、失礼ながら少女の顔には何の感慨も浮かばない。ただ、死地を共にしたというかつての記憶以外。
周りを見る。
何もない。これはおかしいと浩之は思った。しかし目の前の少女はそれに何の不思議も抱かないといった風情で真っ直ぐ浩之を見ている。虫のような目だった。
幽鬼の顔とは、まさにこういう顔のことを指すのだろうか。浩之は白すぎる少女の顔を見つめた。

「ところで君はここがどこだか知ってるかい?僕は早く姉さんの起床用のチョコレイトをあげたいんだけど」
「あの人は起きるのにチョコを食べないといけないんですか!?」

妙子と同じ反応だった。あまりの生々しさに吐き気がする。そして、質問を蔑ろにされた腹立たしさも。

「この際姉さんのことは保留にしてくれないか。君はここがどこだか知ってるのかと、僕は再三君に訊きたいところだけど、君は真面目に僕の話を訊いてくれるのかな。僕のおどけた喋り方を、妙子ちゃんは僕がモテない原因のひとつだって注意を喚起してくれたけれど生憎僕はこの喋りで生きてきたんだ。十七年間ずっとね。ところで本当に何もないところだね。真の虚無ってやつを僕は今自分の身で体験してるのかな?おっと、体験の示唆する人物はいつも自分だったね、こりゃ失念」
「…あなたが話題を提供するつもりなのか逸らすつもりなのかわかりませんけど、私こそなんであなたがこんなところにいるのか訊きたいんですが」
「だから知らないうちにいたから訊きたいんだよ」
「でもでも、私もここにきたときから一人でしたから、ここがどこかなんて知りませんって」

なんとも素敵な現状に辿り着いたものだ。浩之は溜め息を吐いた。

「君は、鏡佐奈で間違いないんだね?」
「ええ」
「君の記憶は、あの学校の件を覚えてるかな?」
「はい」
「ならここは地獄かどこかだね。君はあのとき死んでるんだから」
「死んだあとに感知できる世界があるのだとすれば、ですが」

鏡佐奈は笑った。溺死した彼女は、水を吸って真白になった顔で。吐き気がする。

「じゃあ消えてくれ。僕は女の子には優しくするけど、生きたものにしか当て嵌まらないんだ」

ふふ、と少女は笑う。鏡佐奈は笑う。

「あなたもいつか、ここにきますよ」

望むところじゃないか。
祁塔院浩之は邪悪に笑った。




***

浩之の性格が偽者。本物はもっと人をたばかった性格なのに。
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