狢のいたちごっこ
某様より設定を提供して頂いたもの。
こんにちは。私は福出と言って、某所にある私立の中学で、大変遺憾ながらもそこを母校と仰ぎつつ、学生なんて身分に甘んじています。余分と知って言っておきますけど、福が名字で出が名前です。更に余談ですが、名字は『ふく』と呼ばずに『さち』、名前は『でる』とか(そんな動詞みたいな名前なんて嫌です)ではなく、『いづる』と呼んで下さい。…嗚呼、いづるも古典的な動詞でしたか。盲点でした。
ところで私は大変困っています。相乗効果で大変が4つくらい付きそうに。手間を省いて1つしか付けませんけれど。
その困り事の内1つはもう、私が物心と自覚が発覚したときには困り事として私自身と私の両親と、そしてほんの一握り、僅かな人間のみに知られていました。そしてたった今出くわした困り事は、前述の困り事に関連したものでした。やっぱりろくなことありません。
「ねぇお願い!取り持つだけで良いから!」
私のこの隠れて目立った特質な欠点を知って尚、同じことが言えますかと私は彼女を突き放したいのですが、如何せん彼女は、内向的でやっとスカート丈を膝上にするというささやかな勇気を持った私の、有難い心の支えとなる友人なのです。名前は幸塚日埜村。私のただ二文字と簡素で投げ遣りな名前とは違い、『ゆきづかひのむら』という、頭の良い癖に私立の中学を選んだ勇者です。頭の良い癖に!
そんな彼女は今、恋に輝いています。からかわれるのが嫌なのでしょう、わざわざ私の教室までやってきて、後ろの隅っこの方に私を連れて行き、こそこそと私に打ち明けた、その顔は恋する女の子の思春期を迎えてニキビやあばたを極限まで無理矢理抑えた綺麗な顔でした。
いや、そんなことでなくて。
「はあ、うちのクラスの明口君、ですか…」
「私、彼に話したことないの。だから、きっかけだけでも作って欲しいんだ」
「はあ、明口君…」
きっかけを作れって言ったって、私だって彼はおろか男子の全員と女子の半数に話したことなんかありませんけど。それに、それはもしかしなくても私が協力するということは、謀らずしも彼女の恋を応援するということになるじゃないですか。不味いですよ。不味いですよそれは!
「ね、いづ。この通りだから」
「あ、あう…」
「お願い!」
「う~、う、うぇ」
お願いしたいのはこっちですよ。誰か助けて!
「いづだけが頼りなんだよ。他に知り合いはこのクラスにいないし…」
何ともげんきんな言葉を吐いて、輝く笑顔に少し申し訳無さが射して、幸塚日埜村の女の子オーラが翳ってしまいました。うむむ、同じ女の子としては是非とも他の女の子と同様に、 「きゃー頑張ってね、応援してる!」 とでも気の利いて尚且つ当たり障りのない言葉を言えば良いのでしょうけど、そうしたら私は現代に染まり、げんきんで図々しくなりつつも私の大事な友達として接してくれるこの子を可哀想な羽目に合わせてしまいます。良くて破局、悪くてお互い再起不能なまでに心身ずたぼろになっちゃいます。人選間違ってますよぅ!
「う、うう、どうしても私じゃなきゃ駄目ぇ?」
「だから頼んでんじゃないの。別にいづも明口君を好きってわけじゃないでしょ?」
「そ、うだけどっ、私あの人と話したことないのに!」
「そこはほら、同じクラスなのを活かして!」
なんて勝手なことを言うのでしょう!私の内気な気質を知っていて尚も、初対面に等しい男子に話しかける上に自分の色恋に荷担しろだなんて!あまりに残酷です。恋というものがそこまで人を変える恐ろしいものとは予想外も良いとこです。私は恋なんかしません。変わるのは嫌です。
でも幸塚日埜村は大事な友達、人間として完璧なことなどは全く求めているつもりはないのです。何しろ人間は生物としてこの上なく決損しているからです。だから色恋沙汰でめくらになろうと可愛いものじゃありませんか。許しましょう。
しかし協力するっていうのはちょっと…
「あ、チャイム鳴っちゃった。じゃ宜しくね」
なんてことでしょう。幸塚日埜村は私に任せることを、爆発物を放置する危険性と同じくらいだと気付かず、理解せず、煌びやかな笑顔で手を振って教室から出てきやがりました。聞けよ人の話!
私はため息を垂れ流し、自分の席に着きました。大変なことになりました。優柔不断な私は特筆すべき短所を彼女にちゃんと説明して、その旨をきちんと理解してもらった上で慎んで、恋、一生懸命頑張ってくださいね、と無責任な言葉を笑って言えるのがベストと知りながらも、友人の幸せと友人の願いの板挟みに苦しんでいる内に選択肢が既にひとつにぃぃい!二者択一が一者択一にぃぃい!馬鹿!私の馬鹿!
私は教科書に強くシャープペンの先を押し付けて引っ掻きます。きっと奇異に見られていることでしょう。きっと変に思われていることでしょう。けれどこればかりはどうしようもないのです。
黒くわだかまった芯の落書きが花を咲かせたとき、何かが飛んできました。紙です。くしゃくしゃに丸められた紙が机の上をころりんこ。勿論今流行りのイジメなんかではないでしょう。私は確かに将来的に日の目を見られる希望が校長の頭よりも薄いですが、子供を私立に行かせられるような金持ちの親を笠に来てイジメるような輩の手口はこんなものじゃありません。もっと陰湿でもっと暴力的です。経験者の私が言うのです。
私は一人の男子生徒の方をを見ました。
このクラスの『ボランティア部』神津苗加!好きなものは焼きタラコ、嫌いなものはしそふりかけの最後に残る塩!八重歯が可愛いと年上のお姉さん方に人気らしいですが、私にしてみれば彼の笑顔は邪悪凶悪粗悪の悪三拍子です。私は彼こと神津苗加のことを、悪代官と呼んでいます。
彼は何の気まぐれか、私をことあるごとに『ボランティア部』へ勧誘していました。しかし私は入部する気など全くありません。だってだって、ボランティア部はどんな活動をしているのか、ほとんど不明瞭で公になることはないのです。どこそこの誰其さんが入部したとか、ボランティア部の誰其さんが屯している柄の悪い人をこてんぱんにのした、なんて逸話が独り歩きしているんです。それなのに、部室がどこにあるのか、何人在籍しているのか、誰が顧問なのか誰も知らず、名前だけが広まる、そんな怪しいところなんて怖すぎます。
私は神津苗加を睨みつけました。しかし神津苗加はにやんと笑うのみでまるで手応えがありません。そしてその笑みはやっぱり邪悪でした。
私は丸まった紙を広げました。男子らしいと言えばそれまでですが、綺麗とは決して言えない字が紙に張り付くように書いてありました。
『幸塚ひのむらに関わるな』
と。
日埜村という字がわからなかったのでしょう。けれどこの言葉の意味はもっとわかりません。
幸塚日埜村に関わるな?
こんにちは。私は福出と言って、某所にある私立の中学で、大変遺憾ながらもそこを母校と仰ぎつつ、学生なんて身分に甘んじています。余分と知って言っておきますけど、福が名字で出が名前です。更に余談ですが、名字は『ふく』と呼ばずに『さち』、名前は『でる』とか(そんな動詞みたいな名前なんて嫌です)ではなく、『いづる』と呼んで下さい。…嗚呼、いづるも古典的な動詞でしたか。盲点でした。
ところで私は大変困っています。相乗効果で大変が4つくらい付きそうに。手間を省いて1つしか付けませんけれど。
その困り事の内1つはもう、私が物心と自覚が発覚したときには困り事として私自身と私の両親と、そしてほんの一握り、僅かな人間のみに知られていました。そしてたった今出くわした困り事は、前述の困り事に関連したものでした。やっぱりろくなことありません。
「ねぇお願い!取り持つだけで良いから!」
私のこの隠れて目立った特質な欠点を知って尚、同じことが言えますかと私は彼女を突き放したいのですが、如何せん彼女は、内向的でやっとスカート丈を膝上にするというささやかな勇気を持った私の、有難い心の支えとなる友人なのです。名前は幸塚日埜村。私のただ二文字と簡素で投げ遣りな名前とは違い、『ゆきづかひのむら』という、頭の良い癖に私立の中学を選んだ勇者です。頭の良い癖に!
そんな彼女は今、恋に輝いています。からかわれるのが嫌なのでしょう、わざわざ私の教室までやってきて、後ろの隅っこの方に私を連れて行き、こそこそと私に打ち明けた、その顔は恋する女の子の思春期を迎えてニキビやあばたを極限まで無理矢理抑えた綺麗な顔でした。
いや、そんなことでなくて。
「はあ、うちのクラスの明口君、ですか…」
「私、彼に話したことないの。だから、きっかけだけでも作って欲しいんだ」
「はあ、明口君…」
きっかけを作れって言ったって、私だって彼はおろか男子の全員と女子の半数に話したことなんかありませんけど。それに、それはもしかしなくても私が協力するということは、謀らずしも彼女の恋を応援するということになるじゃないですか。不味いですよ。不味いですよそれは!
「ね、いづ。この通りだから」
「あ、あう…」
「お願い!」
「う~、う、うぇ」
お願いしたいのはこっちですよ。誰か助けて!
「いづだけが頼りなんだよ。他に知り合いはこのクラスにいないし…」
何ともげんきんな言葉を吐いて、輝く笑顔に少し申し訳無さが射して、幸塚日埜村の女の子オーラが翳ってしまいました。うむむ、同じ女の子としては是非とも他の女の子と同様に、 「きゃー頑張ってね、応援してる!」 とでも気の利いて尚且つ当たり障りのない言葉を言えば良いのでしょうけど、そうしたら私は現代に染まり、げんきんで図々しくなりつつも私の大事な友達として接してくれるこの子を可哀想な羽目に合わせてしまいます。良くて破局、悪くてお互い再起不能なまでに心身ずたぼろになっちゃいます。人選間違ってますよぅ!
「う、うう、どうしても私じゃなきゃ駄目ぇ?」
「だから頼んでんじゃないの。別にいづも明口君を好きってわけじゃないでしょ?」
「そ、うだけどっ、私あの人と話したことないのに!」
「そこはほら、同じクラスなのを活かして!」
なんて勝手なことを言うのでしょう!私の内気な気質を知っていて尚も、初対面に等しい男子に話しかける上に自分の色恋に荷担しろだなんて!あまりに残酷です。恋というものがそこまで人を変える恐ろしいものとは予想外も良いとこです。私は恋なんかしません。変わるのは嫌です。
でも幸塚日埜村は大事な友達、人間として完璧なことなどは全く求めているつもりはないのです。何しろ人間は生物としてこの上なく決損しているからです。だから色恋沙汰でめくらになろうと可愛いものじゃありませんか。許しましょう。
しかし協力するっていうのはちょっと…
「あ、チャイム鳴っちゃった。じゃ宜しくね」
なんてことでしょう。幸塚日埜村は私に任せることを、爆発物を放置する危険性と同じくらいだと気付かず、理解せず、煌びやかな笑顔で手を振って教室から出てきやがりました。聞けよ人の話!
私はため息を垂れ流し、自分の席に着きました。大変なことになりました。優柔不断な私は特筆すべき短所を彼女にちゃんと説明して、その旨をきちんと理解してもらった上で慎んで、恋、一生懸命頑張ってくださいね、と無責任な言葉を笑って言えるのがベストと知りながらも、友人の幸せと友人の願いの板挟みに苦しんでいる内に選択肢が既にひとつにぃぃい!二者択一が一者択一にぃぃい!馬鹿!私の馬鹿!
私は教科書に強くシャープペンの先を押し付けて引っ掻きます。きっと奇異に見られていることでしょう。きっと変に思われていることでしょう。けれどこればかりはどうしようもないのです。
黒くわだかまった芯の落書きが花を咲かせたとき、何かが飛んできました。紙です。くしゃくしゃに丸められた紙が机の上をころりんこ。勿論今流行りのイジメなんかではないでしょう。私は確かに将来的に日の目を見られる希望が校長の頭よりも薄いですが、子供を私立に行かせられるような金持ちの親を笠に来てイジメるような輩の手口はこんなものじゃありません。もっと陰湿でもっと暴力的です。経験者の私が言うのです。
私は一人の男子生徒の方をを見ました。
このクラスの『ボランティア部』神津苗加!好きなものは焼きタラコ、嫌いなものはしそふりかけの最後に残る塩!八重歯が可愛いと年上のお姉さん方に人気らしいですが、私にしてみれば彼の笑顔は邪悪凶悪粗悪の悪三拍子です。私は彼こと神津苗加のことを、悪代官と呼んでいます。
彼は何の気まぐれか、私をことあるごとに『ボランティア部』へ勧誘していました。しかし私は入部する気など全くありません。だってだって、ボランティア部はどんな活動をしているのか、ほとんど不明瞭で公になることはないのです。どこそこの誰其さんが入部したとか、ボランティア部の誰其さんが屯している柄の悪い人をこてんぱんにのした、なんて逸話が独り歩きしているんです。それなのに、部室がどこにあるのか、何人在籍しているのか、誰が顧問なのか誰も知らず、名前だけが広まる、そんな怪しいところなんて怖すぎます。
私は神津苗加を睨みつけました。しかし神津苗加はにやんと笑うのみでまるで手応えがありません。そしてその笑みはやっぱり邪悪でした。
私は丸まった紙を広げました。男子らしいと言えばそれまでですが、綺麗とは決して言えない字が紙に張り付くように書いてありました。
『幸塚ひのむらに関わるな』
と。
日埜村という字がわからなかったのでしょう。けれどこの言葉の意味はもっとわかりません。
幸塚日埜村に関わるな?
+
「ちょっと苗加君、これどういうことなんですか」
にやん。神津苗加はまた笑いました。まるでこちらの反応が神津苗加の思惑通りで、その上それを楽しんでいるような、癪に障る態度。はっきり言いましょう。こいつムカつく。
八重歯が吊り上がった口の端からちらりと覗いていますが、やっぱりお姉さん方の趣味はわかりません。
「俺のこと、ちゃんと下の名前で呼んでくれたな」
「あれだけばらすと騒げば呼ばざるを得ないでしょ」
「ふん」
神津苗加は、尖った顎をそらしてそっぽを向きます。
ばらす、というのは、勿論私の異種的な短所です。小学校の頃の、無知で無責任な馬鹿餓鬼であった私を知る人間ならば、疑いはしても最終的に嗚呼と納得してしまうでしょう。それくらい、あの頃の私は異端振りを開けっ広げにしていたのです。
彼は何故か私のそれを知っていて、私は彼の異種的な短所を知りました。彼が嬉々として暴露したのです。
「依頼。部活の。明口にも手を出すな」
「依頼…」
「おう、幸塚を恨む」
私は泣きたくなりました。彼が戯言や傾奇で言っていたなら、どんなに良いでしょう。彼は人を恨むだけで、人を不幸にするんです。まさかと思えど、私も似たようなものですから、俄かに信じられない嘘のような彼の短所も、私は頷くことにしたのです。しかしそれとこれは別次元です。関係ないにもほどがある。私の大事な友達を不幸にするですと!?
「誰がそんなことを依頼したんですっ」
「個人情報だぞ。教えられるかよ」
「なら私も依頼します!日埜ちゃんの恋を手伝って下さい!」
「入部を条件に成立させてやっても良いが、残念ながらうちの部は早い者勝ちなんだ」
諦めてくれ、しゃあしゃあと宣うこいつはきっと心がないのでしょう。簡単に人を不幸にできるなんて、それを目の当たりにする辛さなんて耐えられないのに。こんな、簡単に。
私の短所を母親は可哀想だと言いました。父親は、僅かに眉を潜めただけで、それ以降態度は変わりませんでした。お兄ちゃんは私の頭だの体だのをぺたぺた触って、 「お前そんな特異体質なのか?見えねぇ」 と笑ってくれました。一夫一婦兄妹の、ありふれた家族の中でおかしかった私がこれ以外周りの人間と変わらなく育ったのは、ひとえに私の家族が普通の感覚を以って私を拒絶しなかったからの他ありません(そうした意味では、私の家族は狂っているかもしれません)。ですから私は、誰かが頑張っていれば応援したくなりますし、誰かと一緒にちっぽけな時間を共有しても情を移さない冷徹な心など持ち合わせていませんし、短所によりもたらされる、少なくとも大切な人が不幸に見舞わられることを厭い、周りにこれ以上の被害が甚大にならないように苦悶する日々を過ごしているのにこの男は!
「心、痛まないんですか?」
「恨むのが?それとも誰かを不幸にすることが?」
「…それ、本当に本気で言ってます?」
「いつもに増してお前の話って回りくどいよな」
「……っ、どこまで人間として腐ってんですかあなたはっ!!」
机を叩いた掌が痛いです。神津苗加は私を見ました。珍しく激昂した私に、クラスの皆の視線も刺さります。ぐさぐさぐさ。
彼にとって私なんて同年代にも敬語でへりくだる、気の弱い、頭の良くない、体力のない、私の能力に付随するただの人間です。ふふん、怒った私なんてそうそうお目にかかれませんよ。堪能して下さいな、神津苗加。
「人を気に入らないなんて小さい感情で、人の行動に水を差すような真似なんかしないで下さい。どんだけあなたは荒んでんですか。人を恨むのなんか、して楽しいですか?」
私はすっきりと席に着きました。嗚呼主張を口に出すって気が晴れますね。
私は大好きな理科の授業にも関わらず、ずっと神津苗加と幸塚日埜村の笑顔を頭に浮かべました。幸塚日埜村が明口君を好きになって困る人で、尚且つ幸塚日埜村ならば不幸になっても良いという人は、断定は無理ですがある程度限られます。ふふ、明口君モテますね。女の勘をなめないで下さいよ神津苗加。ならば私はあなたを『応援』しましょう…。
「神津君。さっきは怒鳴ってすみません。言い過ぎでしたね。私、考え直しました」
「はあ?」
神津苗加は訝し気に私を見ています。だんだん色濃くなったかと思えば、急に侮ったような目をしました。
「はぁん?何を今更」
「だって、いくら日埜ちゃんが明口君を好きで、神津君に邪魔だって思われても、本当に明口君が好きなら少しの不幸せなんて歯牙にかける価値もないですもんね」
神津苗加は不機嫌になりました。そりゃ、彼の自負する力を馬鹿にされたんですから。
「部活の依頼、『頑張って』下さい、神津君。私、神津君を『心から応援してます』よ」
神津苗加は顔色を変えました。私の短所を知っている神津苗加。その彼に、最大限の奨励の言葉とメロメロ笑顔を手向け、私は荷物を持って教室の後ろの扉に行きました。
「それでは神津君、ご武運を」
「おいこらてめぇ、今…っ」
「それじゃあ『頑張って下さい』」
私はもしかしたらもう、この学校にいられないかもしれません。しかし彼に、教えて差し上げなければならないのです。
神津君、人の恋路を邪魔する無粋な人は、恐ろしいことに、私に応援されて不幸になってしまうんだそうですよ!頑張って下さい!嗚呼これで私も同じ穴の狢。
私は階段を降りてそして、
***
携帯のメール機能の限界である半角一万文字で挑戦したため、話がいっぱいいっぱい。
どこかおかしかったら笑って下さい。
「ちょっと苗加君、これどういうことなんですか」
にやん。神津苗加はまた笑いました。まるでこちらの反応が神津苗加の思惑通りで、その上それを楽しんでいるような、癪に障る態度。はっきり言いましょう。こいつムカつく。
八重歯が吊り上がった口の端からちらりと覗いていますが、やっぱりお姉さん方の趣味はわかりません。
「俺のこと、ちゃんと下の名前で呼んでくれたな」
「あれだけばらすと騒げば呼ばざるを得ないでしょ」
「ふん」
神津苗加は、尖った顎をそらしてそっぽを向きます。
ばらす、というのは、勿論私の異種的な短所です。小学校の頃の、無知で無責任な馬鹿餓鬼であった私を知る人間ならば、疑いはしても最終的に嗚呼と納得してしまうでしょう。それくらい、あの頃の私は異端振りを開けっ広げにしていたのです。
彼は何故か私のそれを知っていて、私は彼の異種的な短所を知りました。彼が嬉々として暴露したのです。
「依頼。部活の。明口にも手を出すな」
「依頼…」
「おう、幸塚を恨む」
私は泣きたくなりました。彼が戯言や傾奇で言っていたなら、どんなに良いでしょう。彼は人を恨むだけで、人を不幸にするんです。まさかと思えど、私も似たようなものですから、俄かに信じられない嘘のような彼の短所も、私は頷くことにしたのです。しかしそれとこれは別次元です。関係ないにもほどがある。私の大事な友達を不幸にするですと!?
「誰がそんなことを依頼したんですっ」
「個人情報だぞ。教えられるかよ」
「なら私も依頼します!日埜ちゃんの恋を手伝って下さい!」
「入部を条件に成立させてやっても良いが、残念ながらうちの部は早い者勝ちなんだ」
諦めてくれ、しゃあしゃあと宣うこいつはきっと心がないのでしょう。簡単に人を不幸にできるなんて、それを目の当たりにする辛さなんて耐えられないのに。こんな、簡単に。
私の短所を母親は可哀想だと言いました。父親は、僅かに眉を潜めただけで、それ以降態度は変わりませんでした。お兄ちゃんは私の頭だの体だのをぺたぺた触って、 「お前そんな特異体質なのか?見えねぇ」 と笑ってくれました。一夫一婦兄妹の、ありふれた家族の中でおかしかった私がこれ以外周りの人間と変わらなく育ったのは、ひとえに私の家族が普通の感覚を以って私を拒絶しなかったからの他ありません(そうした意味では、私の家族は狂っているかもしれません)。ですから私は、誰かが頑張っていれば応援したくなりますし、誰かと一緒にちっぽけな時間を共有しても情を移さない冷徹な心など持ち合わせていませんし、短所によりもたらされる、少なくとも大切な人が不幸に見舞わられることを厭い、周りにこれ以上の被害が甚大にならないように苦悶する日々を過ごしているのにこの男は!
「心、痛まないんですか?」
「恨むのが?それとも誰かを不幸にすることが?」
「…それ、本当に本気で言ってます?」
「いつもに増してお前の話って回りくどいよな」
「……っ、どこまで人間として腐ってんですかあなたはっ!!」
机を叩いた掌が痛いです。神津苗加は私を見ました。珍しく激昂した私に、クラスの皆の視線も刺さります。ぐさぐさぐさ。
彼にとって私なんて同年代にも敬語でへりくだる、気の弱い、頭の良くない、体力のない、私の能力に付随するただの人間です。ふふん、怒った私なんてそうそうお目にかかれませんよ。堪能して下さいな、神津苗加。
「人を気に入らないなんて小さい感情で、人の行動に水を差すような真似なんかしないで下さい。どんだけあなたは荒んでんですか。人を恨むのなんか、して楽しいですか?」
私はすっきりと席に着きました。嗚呼主張を口に出すって気が晴れますね。
私は大好きな理科の授業にも関わらず、ずっと神津苗加と幸塚日埜村の笑顔を頭に浮かべました。幸塚日埜村が明口君を好きになって困る人で、尚且つ幸塚日埜村ならば不幸になっても良いという人は、断定は無理ですがある程度限られます。ふふ、明口君モテますね。女の勘をなめないで下さいよ神津苗加。ならば私はあなたを『応援』しましょう…。
「神津君。さっきは怒鳴ってすみません。言い過ぎでしたね。私、考え直しました」
「はあ?」
神津苗加は訝し気に私を見ています。だんだん色濃くなったかと思えば、急に侮ったような目をしました。
「はぁん?何を今更」
「だって、いくら日埜ちゃんが明口君を好きで、神津君に邪魔だって思われても、本当に明口君が好きなら少しの不幸せなんて歯牙にかける価値もないですもんね」
神津苗加は不機嫌になりました。そりゃ、彼の自負する力を馬鹿にされたんですから。
「部活の依頼、『頑張って』下さい、神津君。私、神津君を『心から応援してます』よ」
神津苗加は顔色を変えました。私の短所を知っている神津苗加。その彼に、最大限の奨励の言葉とメロメロ笑顔を手向け、私は荷物を持って教室の後ろの扉に行きました。
「それでは神津君、ご武運を」
「おいこらてめぇ、今…っ」
「それじゃあ『頑張って下さい』」
私はもしかしたらもう、この学校にいられないかもしれません。しかし彼に、教えて差し上げなければならないのです。
神津君、人の恋路を邪魔する無粋な人は、恐ろしいことに、私に応援されて不幸になってしまうんだそうですよ!頑張って下さい!嗚呼これで私も同じ穴の狢。
私は階段を降りてそして、
***
携帯のメール機能の限界である半角一万文字で挑戦したため、話がいっぱいいっぱい。
どこかおかしかったら笑って下さい。
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