「君ってほんと、女気ないよなー」「五月蝿い。この低脳ばらの低賃金稼ぎ」
「君ってほんと、女気ないよなー」
「五月蝿い。この低脳ばらの低賃金稼ぎ」
昼夜逆転のこの仕事に飽きるつもりはさらさらない。昼夜逆転どころか下手すると自分の睡眠時間の三倍は働いているかもしれない。残業込みで。
僕―――木曾野蔵千賀―――は残業手当も貰わずに自分の体を削ってい
る。それもこれも職業という名目のガキのお守のせいだろう。何が悲しくてガキどものために自分の睡眠時間を削らなければいけないのだろうか。この僕が。この、きそのくらちかが。でも飽きない。うん。
先ほど彼女がビール缶とともに投げた悪態はまさに真実だ。正鵠を射ている。
彼女といっても彼氏彼女のことではない。唯の呼称として僕が勝手につけたのだ。名を、久樹厘という。因みに僕の、叔母。叔母といっても彼女とは歳一つしか隔てていない。まあ、うちの(低脳ばらな)親も色々あるということで、そこは自己処理に任せよう。我ながらなんて無責任だ。
関係ないけれど、彼女のりんという名前に割合の厘を当て嵌めるのをどうかと思う美学を持ち合わせているのはどうやら親族で僕だけらしい。おかげで初対面で羽目を外し、中途半端に仲が拗れていたりする。
彼女の飲んだビールは丁度胃腸を焼きながら養分を(主にアルコール。あの人はアル中であると同時にアルコールタンク、略してアルタンだ)吸い取られているのだろう。
ああ、どうして女好きの僕は女にモテないのだろう。顔はいいと自負するし、自他ともに認めるし、過信していると断言してやってもいい。やはりこの性格がいけないのだろうか。人をからかいすぎるとろくな目に会わないと僕の二番目の姉さんが言っていたような云っていなかったような・・・この際どうでもいいけれど。
「あれ、叔母さん」
「私は二十五、アンタは二十四。その叔母さんってやめてくれない?」
「だって僕の母さんの妹さんだもの。ね?」
「『だもの。ね?』そのわけ不明な言語は間違い無く姉さんね。全くあの人は妙に平和的なあの人は、やたらめったら変な難癖つけて場を抑えようとしているあの人は、あんたを男として育てるつもりがあったのか疑わしいね」
そりゃ、どうも。
僕は小さく悪態を吐いた。どうせ僕は男受けする嫌な顔ですよ。ああ、そうだ。恋人の代わりに彼氏が出来そうになったのが僕の最大のそして唯一の汚点と汚辱だ。どうしてこの人はそんな苦い過去を想起させるような人なのかな。おおらかな母と二十も歳が離れていたら、それは必然か・・・当たり前か・・・。
「じゃ、そういうことで。私仕事があるから」
真の意味で昼夜逆転の仕事をしている彼女の、出掛けるときの顔が一番好きだ。黒のスーツで身を固めたこの人は、どこか真摯な顔つきで、どこか燦然としている。いつものアル中野郎とは大違いだ。一体どこでアル中野郎の皮を捨てて脱皮するのかな。今度覗いてみようかな。見つかったらミンチかハンバーグ決定だから、口だけで勿論実行に移すような馬鹿は決して僕じゃないけれど。
叔母さん、ね・・・母の妹は母の妹で、それは変わり無いし覆すことなど根本的に無理だから、僕は位決めのような気分で叔母さんと呼んだのだけど、そうか、嫌だったのか、そうか、ならば今度は厘ちゃんと呼んでみようかな。
寒気が走った。
***
オートマチックの車を転がす。決して高くないが、安くもない。自己負担の愛車じゃないから何でもいいが。
私はため息を吐いた。
先ほどの甥っ子とのやり取りで今もストレスを感じる。胃に穴が開きそうだ。酒の所為なんかではなく真剣に。何であの子はあの人に似たのだろう。あれほどまでに私をあしらう口など似なくて良いのに。
小さな悪態は勿論聞こえた。元祖の我が家は地獄耳なのだ。私は久樹の性をもらうまでの性を極東と名乗っていた。偽名だ。極北、違う。何だっけ?ああそうそう、五十嵐だ。全然違うじゃないかって?世の中知らなくていいことの方が多くてそれは幸せなことなんだよ、糞が。糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が糞が!八つ当たり真っ最中の私に、誰か触るな危険というレッテルを貼ってくれ。ああ、なんて自虐的。こんな趣味は無かったはずだけど。
「糞ッ垂れが・・・」
車体を軽く蹴飛ばす。顧客が私を睨んだ。私は咥え煙草を吐き掛けたが、そいつには当たらなかった。
ここは少し人道的意味で道を外した糞しか集わない稀少でかなり嫌なところ。オークションハウスだった。
(単なる自己雄弁でしかないが、私は同類ではない。この糞な塊どもよりは一般という美学を持ち合わせていると自負している。)
そんな私はやはり何をしにきたのかといえば、オークションの目利きだろう。雇い主の糞のためというのが癪なところだが、これが結構良い金稼ぎになる。まあ深夜に参加という体力的に継続できる人間というのはまずいない。よって賃金も跳ね上がるわけだが、精神的にも結構きついのは若人だろうが萎びた年寄りだろうが変わりは無いのだ。
雇い主から渡された拳銃を偲び手に私は地下へ降りていった。アンダーグラウンドな世界の真骨頂。できれば永遠に知りたくなかった。
「厘、ここ、雇い主」
「相変わらず糞な日本語しか話せない男だね、会話集なんか当てになんかなりゃしないじゃないか」
「それ、お互い様。厘話す日本語、標準以下」
「ふんッ」
「厘すぐ拗ねる。悪い癖」
「あーもう!五月蝿い五月蝿い!」
他の競売者に睨まれる。黙れ金を持て余している道楽者のくせに。
こいつの名前は伊集院杏。日本生まれの英国育ちで日本に帰ってきたのは数年前らしい。もう献血は出来ないね、ご愁傷様ざまあ見ろ。
***
かなり古い。多分三年くらい前。当時からどれだけ性格捻くれてたんだってのを体現するような話。